このブランドのジーンズは工場から出たばかりの新品だ。ところが1950年代末から60年代初めのどこかで、あるアメリカの労働者が何年か穿いて膝が褪せ、裾がすり切れた古いジーンズのように見える。偶然ではない。その時代の特定のモデルの糸の太さと織り、色の落ちる順序まで調べてそのまま再現したからだ。つくった人は自分をデザイナーと呼ばない。「編集者」と呼ぶ。ブランドの名前はA.PRESSE(アプレッセ)。2021年に始まった、一般にはほとんど知られていない東京の小さなメンズウェアのブランドだが、この2年でロサンゼルスとロンドンのセレクトショップが競って迎え入れ、静かに世界へ広がっている。このブランドが売っているのは服ではなく、「デザインしないという態度」 だ。
1. A.PRESSEは「新しくつくったヴィンテージ」を売るブランドだ。 アメリカのワークウェア、ミリタリーの衣服、そしてクラシックなテーラリング。すでに歴史の中に存在した服の原型を持ってきて、その時代の素材・織り・縫い・色落ちまで執拗に調べ、新しい服として蘇らせる。 古着を売るのではない。古着が持つ年月の質感を、新しい服の中に初めから設計して入れる。出来上がるのは、買ったばかりなのにすでに10年穿いたような、妙に馴染んで楽な服だ。
2. だからこのブランドには「デザイン」と呼べる華やかな何かがない。 目立つロゴも、跳ねる色も、季節ごとに変わる流行のテーマもない。創業者はこの態度を「デザインしないデザイン(design without designing)」 と呼ぶ。服からつくり手の自己表現を消し、代わりに生地とシルエット、比例と仕上げ だけを残す。この極端な節度と匿名性が、逆にこのブランドをいちばんはっきりさせる。
3. 始まりは2021年の秋冬、東京 だ。つくった人は重松一馬、1988年生まれ。 ところが彼の来歴がこのブランドを理解する鍵になる。彼は服を描いていたデザイナーの出身ではない。服を輸入し、つくり、売る「流通・生産」の人 だった。この出発点が、A.PRESSEをほかのデザイナーブランドと根本から違うものにした。
4. 彼は衣類の輸入業を経て2017年に「アンシングス(Anthings)」という会社を立ち上げた。 この会社がやったのは自分のブランドをつくることではなく、他人のブランドを代わりに生産し流通させること だった。釣りのブランド、ダイワが出した衣類のライン「DAIWA PIER39」、「HERILL」、「WEEKEND」といったブランドの生産・営業・流通を彼の会社が引き受け、日本と海外のセレクトショップへ運んだ。肝心のそのブランドをデザインしたのは別の人たちだった。重松は舞台の裏で、服が売れていく構造の全体 を身につけた人だった。
5. 他人のブランドを数年、世界の市場へ運んだあと、2021年に彼は初めて完全に自分だけのブランドを出した。 それがA.PRESSEだ。流通の言葉と製造の現実をすでに手にしていた人がつくったブランドだから、初シーズンから服の仕上げも流通の戦略も新人らしくなく固かった。「デザイナーが感覚で始めたブランド」ではなく「流通・生産の専門家が逆算して設計したブランド」 。この順序の差が、その後のすべてを分けた。
6. ブランドの哲学はひとつの名前に圧縮されている。「CLOTHING EDITORIAL DEPARTMENT(衣類編集部)」。 重松は自分をデザイナーではなく「編集者(editor)」 と規定する。無から新しい形を創造する人ではなく、すでに世にある服の原型のなかでもっとも本質的なものを選び、整え、配置する 人だ。雑誌の編集者が世の事実を取材して記事に編むように、このブランドは衣服の歴史を取材して服に編む。
7. だから仕事のやり方も編集部に似ている。重松ひとりが描くのではなく、二人のデザイナーとチームを組んで果てしなく議論しながら 服をつくる。ちょうど一本の記事を何人かの編集者が整えるように。ひとりの天才的なデザイナーが自分の世界観を貫くほかのブランドとは正反対だ。ここには貫くべき「わたしの世界観」がそもそもない。 あるのは「何がいちばんいい服か」という問いと、そこへ向かう集団の編集だけだ。
8. この哲学は、このブランドがやらないこと の一覧でもっと鮮明になる。大きなロゴを打たない。シーズンごとに華やかなコンセプトを掲げない。流行のシルエットを追わない。つくり手の署名のような跳ねたディテールを入れない。創業者の表現では「世界観のない製造(manufacturing without a world view)」 だ。ほとんどのブランドが世界観を売ろうと苦労する場所で、このブランドは世界観を消すことで勝負する。
9. シグネチャーはやはりデニムだ。 A.PRESSEのジーンズはヴィンテージデニムの教科書をそのまま復元する。1950年代末から60年代初めのある象徴的な501のモデル が使っていた糸の太さと織りを再現したセルビッジのインディゴデニム、そして硫化染料でロープ染めした14オンスのブラックデニム。ここにその時代の服が年月を食って褪せていくやり方、膝と腿が先に擦れ、裾が自然にほつれる順序まで手で再現する。「プリズナーデニム」のようなラインは、この執着がどこまで行くかを見せる。
10. デニムの横にはゆったりしたワイドトラウザー、ミリタリー由来のアウター、カシミヤを混ぜたニット、そしてクラシックなテーラリング が置かれる。どれも新しく発明した形ではない。全部20世紀のどこかにすでに存在した服 だ。しかしその原型を今日の体型と感覚に合わせて比例を取り直し、最高級の生地で織り直せば、古いものがいちばん新しく見える逆転が起きる。アイコンになったのは特定の一着ではなく、この「再現という態度」そのもの だ。
11. このブランドがマニアの支持を得た決定的な理由は「説明の要らない服」 だという点にある。ほとんどのブランドは服に付いた物語を読んではじめてその価値がわかる。A.PRESSEは違う。着てみて触ってみればわかる。 色落ちの目の自然さ、縫い目の正直さ、洗いを重ねるほど体に添っていくやり方。ロゴで証明する必要がないので、知っている人だけが見分ける。この静かな見分け が、かえって強い帰属の感覚をつくる。
全部20世紀にすでにあった服 ミリタリージャケット、ワークウェア、クラシックなテーラリング。A.PRESSEは新しい形を発明しない。すでに存在した服の原型を今日の比例で取り直し、最高級の生地で織り直す。古いものがいちばん新しく見える逆転がここで起きる。ⓒ A.PRESSE
12. 触ってみればこのブランドの本当の勝負どころは「生地と仕上げ」だ。 A.PRESSEは服の形を発明しない代わりに、その形を満たす素材に金と時間を寄せる。 日本特有の紡績・織り・染めの技術で織ったプレミアムな生地、そして機械では出せない手仕上げ(hand-finishing) 。新しいジーンズに年月の目を入れる洗いひとつにも、その時代の色落ちの物理を再現しようとする工程が幾重にも入る。表はきわめて平凡な服だが、その平凡さをつくるのにいちばん非凡な手間がかかる。
13. 製造の骨は「メイド・イン・ジャパン」 だ。A.PRESSEは日本国内の紡績・織り・縫製のインフラの上で服をつくる。低賃金の大量生産へ移らず、原型を正確に再現できる熟練した手 を国内に留めておく。これは原価を上げる選択だが、同時にこのブランドの仕上げと物語を支える骨でもある。「ヴィンテージの質感」という無形の価値を、有形の製造の力で裏づける構造だ。
14. ここから金の話だ。 A.PRESSEは徹底して高価格の位置 にある。いちばん安いワークチノのパンツが約4万6千円(約44万ウォン) 、シグネチャーデニムと主力のアイテムがおおむね6万4千~15万4千円(約61万~147万ウォン) 、レザーのライダースのような最上位のアイテムは52万8千円(約500万ウォン) に達する。ロゴひとつない服にこの値段を取る。売っているのがブランドのマークではなく生地・再現・仕上げという実体 だから成り立つ価格だ。
15. 流通の構造がこのブランドの隠れた強みだ。 軸は東京・神宮前のフラッグシップ だが、本当の力は卸(ホールセール) にある。創業者が他人のブランドを世界のセレクトショップへ運びながら身につけたその流通網の上に、今度は自分のブランドを載せた。その結果、新しいブランドとしては異例の速さで、世界の目利きのセレクトショップがA.PRESSEを仕入れ始めた。製品より流通を先に手にした創業者 だから可能だった速度である。
16. 重松の会社アンシングスはA.PRESSEひとつだけを回すのではない。DAIWA PIER39、HERILL、WEEKENDなど複数のブランドの生産と流通を併せて握る小さな「ブランドハウス」 だ。ひとつのブランドの浮き沈みで会社全体が揺れず、生地の調達・生産・流通の規模を複数のブランドが分けて使う構造になる。A.PRESSEが感覚のブランドに見えても、その裏には冷静に設計された事業のインフラ が支えている。表はロマン、骨は流通業だ。
ロゴのない服に数十万ウォン いちばん安いチノが約44万ウォン、シグネチャーデニムと主力が61万~147万ウォン、最上位のレザージャケットは約500万ウォン。ロゴひとつない服にこの値段を取る根拠は、ブランドのマークではなく生地・再現・仕上げという実体だ。ⓒ A.PRESSE
17. 危機と転換。このブランドはまだ若く、没落の曲折を経たことはない。 代わりにこのブランドが越えつつある敷居は別の種類だ。「無名の流通マンがつくった新しいブランド」から「世界が知るブランド」へ 移る拡張の試験台である。狭いマニア層の熱狂を受けることと、その熱狂を濁さずに規模を大きくすることは、まったく別の問題だ。大きくなるほど「知る人だけが知る」希少性は薄れ、匿名性で勝負したブランドが有名になった瞬間、自分の前提と衝突する。
18. もっとも現実的な脅威は「再現」という方法論そのものが模倣に弱い点 だ。ヴィンテージを再現するブランドはA.PRESSEだけではない。日本だけでもワークウェアとアメカジの系譜の強者がずらりといて、原型そのものは誰にでも公開された過去の服である。ではA.PRESSEの堀は何か。特定のジーンズ一着ではなく、「編集者」というブランドの哲学と流通のインフラ、そして再現の密度 。簡単には真似できないこの三角形が防御線だ。形は真似ても、態度と流通網は真似にくい。
19. もうひとつの試験は創業者ひとりへの依存 だ。編集部の体制といっても、結局「何がいちばんいい服か」を判定する最後の感覚は重松のものだ。彼の目利きと流通の感覚がブランドの中核のエンジンである以上、このブランドの次の課題は、その感覚を個人のものからシステムのものへ 移すことになるだろう。若いブランドが必ず通らなければならない、まだ来ていない関門だ。
유통맨이 만든 브랜드, 무대 뒤에서 무대 위로
창업·유통·매장 진출은 공표·보도치 · 재무는 비공개(가격·유통 발자국으로 규모 갈음)
2017
앤띵스 설립
생산·유통
2020
남의 브랜드
유통 도맡음
2021
아프레세 창업
첫 자기 브랜드
2024
미국 데뷔
LA 편집숍
2025
글로벌 온라인
·매체 특집
이 브랜드가 파는 것. '창작'이 아니라 '편집'
보통의 디자이너 브랜드
무(無)에서 창작
나의 세계관을 관철
아프레세의 방식
존재하던 원형을 편집
세계관을 지운다
'새 옷'을 '빈티지'로 만드는 재현의 공정
과거 원형 조사
50~60년대 501
→
원단 재현
실·짜임·염색
→
손 마감·워싱
물 빠짐 순서까지
→
완성
새 옷=헌 옷
희소성을 '연출'하는 대신, 시간의 질감을 '제조'해 판다.
진짜 빈티지는 딱 한 벌뿐이라 재고를 못 만든다. 아프레세는 그 질감을 새 옷에 재현해, '단 하나의 느낌'을 대량으로 공급한다.
가격은 로고가 아니라 원단·재현·완성도라는 실체가 정당화. 치노 약 44만 원 / 데님·주력 61만~147만 원 / 최상위 가죽 약 500만 원(발매가·환율 개략치).
뼈대는 유통업, 창업자가 남의 브랜드를 세계에 실어 나르며 익힌 홀세일 인프라 위에 자기 브랜드를 올렸다.
流通マンがつくったブランド 2017年に流通・生産の会社アンシングスで始め、他人のブランドを世界へ運んだのち、2021年に初めて自分のブランドA.PRESSEを出した。核心の逆転は、「創作」ではなく「編集」、希少性を「演出」する代わりに時間の質感を「製造」して売ること。
20. なぜいまこのブランドか。 第一に、A.PRESSEがいま世界へ広がっている最中の実時間の事例 だからだ。2024年の秋冬コレクションでロサンゼルスの名の知れたセレクトショップに入りアメリカ市場へデビューし、2025年の初めには世界的なオンラインのセレクトのプラットフォームへ正式に入って、欧米圏へ本格的に名を知らせた。有力なファッションの媒体がこのブランドを特集級で扱い始めたのも最近だ。日本のマニアの秘密から世界の関心へ 移るその敷居を、このブランドはいまこの瞬間に越えている。
21. 第二に、「静かなラグジュアリー」と「ヴィンテージの感覚」が同時に頂点に上がった時代 だからだ。巨大なロゴと誇示的な消費が一段落し、人は目立たないが知る人は知る服 に財布を開く。同時に大量生産された新品より年月と物語のしみた品物 への渇きが大きい。A.PRESSEはこの二つの流れの正確な交差点に立つ。ロゴのないラグジュアリーであり、新しくつくったヴィンテージだ。時代が求めていた服を、時代が求める直前に準備したブランドである。
22. 第三に、創業の文法がひっくり返った事例 という点でいま見る価値がある。普通ブランドは「感覚のあるデザイナー」が先にいて、そのあと流通を付ける。A.PRESSEは流通と生産を先に完全に身につけた人が、最後にブランドを載せた。 創作が先ではなく「服がどうつくられ、どう売れていくか」という現実が先だった。クリエイティブがありふれた時代に、インフラを先に握った創業者 がどんなブランドをつくれるかを、このブランドが見せている。
23. まとめると、A.PRESSEの力は「つくらないことでつくる」逆説にある。 新しい形を発明せず、世界観を掲げず、ロゴを打たない。このすべての「やらないこと」が積み重なって、かえっていちばんはっきりしたアイデンティティになる。華やかに自分を主張するブランドがあふれる場所で、自分を消すことで自分を刻んだ ブランドだ。節度がそのまま署名になる、稀な均衡である。
24. その下には「実体で勝負する」という骨 がある。ロゴと物語で値段を上げる代わりに、A.PRESSEは生地・再現・仕上げという触れる実体 に金を使う。だからこのブランドのプレミアムはマーケティングではなく製造から出る。服を脱がせてラベルを隠しても値段を正当化できる服。それがこのブランドがロゴなしで数十万ウォンを取る根拠だ。
25. 弱点も正直に押さえよう。このモデルは大衆的な爆発力が構造的に低い。 ロゴも物語も最小にした服は、その価値を見分ける目利きの消費者にしか届かない。手仕上げと国内生産を通すので大量化も難しく値段も高い。これは決して「誰もが知る大衆ブランド」になれない構造 だ。しかしこのブランドはそもそもそれを目標にしたことがない。広く知られることを諦めた代わりに深く愛されることを選んだ ブランドである。
26. 結局A.PRESSEが証明するものはひとつだ。ブランドは「何を新しくつくるか」ではなく「何をどう選んで整えるか」でも立てる。 この会社が売る品物はジーンズとジャケットだが、人が買っているのは「歴史のなかでいちばん良かった服を、今日いちばん良い手でつくり直す」という態度と、「知る人だけが知る」静かな帰属の感覚だ。創作ではなく編集で、世界観ではなく実体で、このブランドは服をつくるもうひとつの文法を実物で立てて見せている。
自分を消して自分を刻む 大きなロゴも、跳ねる色も、シーズンのコンセプトもない。このすべての「やらないこと」が積み重なって、かえっていちばんはっきりしたアイデンティティになる。華やかに自分を主張するブランドがあふれる場所で、節度がそのまま署名になる稀な均衡を見せる。ⓒ A.PRESSE
要約
A.PRESSE(アプレッセ) は2021年に重松一馬(1988年生まれ)が創業した東京のメンズウェアのブランドだ。アメリカのワークウェア・ミリタリー・クラシックなテーラリングの原型を「新しくつくったヴィンテージ」として再現 する。創業者は自分をデザイナーではなく「編集者」 と規定する。
哲学は「衣類編集部」「デザインしないデザイン」「世界観のない製造」 だ。ロゴ・シーズンのコンセプト・流行を消し、生地・シルエット・仕上げだけ を残す。シグネチャーデニムは50~60年代の501の糸・織り・色落ちまで再現し、手仕上げと日本国内生産を通す。
徹底した高価格の位置 。チノが約44万ウォン、シグネチャーデニムと主力が61万~147万ウォン、最上位のレザージャケットが約500万ウォン(発売価格と為替のおおよその値)。ロゴのない服にこの値段を取る根拠は実体(生地・再現・仕上げ) だ。隠れた強みは流通で、創業者が他人のブランドを世界へ運びながら身につけたホールセールのインフラ の上に自分のブランドを載せた。
いま世界へ広がっている最中 だ。2024年にアメリカ(LAのセレクトショップ)へデビュー、2025年にグローバルのオンラインのプラットフォームへ入り有力媒体の特集。創業の文法がひっくり返った事例で、流通と生産を先に完全に身につけた人が、最後にブランドを載せた。 広く知られることを諦めた代わりに、深く愛されることを選んだ。
★ 盗むもの ★
ブランドと商品をつくる人がこのブランドから持っていくもの三つ。業種を問わず
1. 「創作者」ではなく「編集者」として位置を取り直せ
このブランドは無から新しいものを創造する代わりに、すでに検証された原型を選んで整えて売る「編集者」 を名乗った。この視点の転換は強い。世にないものを発明しなければならないという重荷を下ろし、すでに人が愛したもののなかでもっとも本質的なものを、今日の感覚で提案し直す ことに集中させるからだ。ブランドや商品をつくる人なら、自分が必ず「発明家」である必要はない。市場にすでにある良いもののなかから何を選び、どう整えて出すか を編集するだけでも、十分に独創的なブランドが立つ。創作の重荷を編集の目利きに変えることが、最初の知恵だ。
2. 「希少性」を演出せず、本物の価値を「製造」して大量に供給せよ
本物のヴィンテージは世にたった一着しかないので在庫をつくれない。このブランドはその「年月の質感」という無形の価値を新しい服に再現して、たったひとつの感覚を安定して大量に供給 した。これは高級品が限定の数量で希少性を「演出」するのとは正反対のやり方だ。人が本当に求めている感覚(ここでは時間の質感)が何かを分解し、それを製造できる形で再現 してみせた。ブランドをつくる人なら、客が渇望しながら手に入れにくい「無形の価値」が何かをまず定義し、それを演出ではなく実際の製品や体験として再現し供給 できるかを問うべきだ。偽の希少性より、再現された本物の価値のほうが長くもつ。
3. 製品より流通を先に握れ、そして「引き算」で刻め
このブランドの創業者は感覚のあるデザイナーとして始めていない。他人のブランドを世界の市場へ運びながら流通と生産の現実を先に完全に身につけたあと 、最後に自分のブランドを載せた。だから新しいのに流通の速度が違った。ブランドを夢見る人なら、素敵な製品と同じくらい「その製品がどうつくられ、どう売れていくか」というインフラ を先に手にすることが決定的な資産になりうる。同時にこのブランドはロゴ・世界観・流行を思い切って「引く」ことで かえってはっきりした。何かをもっと入れて目立とうとする誘惑が大きいとき、逆に削る節度のほうが強い署名 になりうることを覚えておきたい。インフラは足し、表現は引く。この二つの方向の規律が、静かなブランドを固くする。
秘密から世界へ、いまその敷居 東京・神宮前の小さなフラッグシップを軸に、このブランドは2024年のアメリカ(LAのセレクトショップ)デビュー、2025年のグローバルのオンラインのプラットフォームへの参入で世界へ広がっている。「日本のマニアの秘密」から「世界の関心」へ移る敷居を、いまこの瞬間に越えている。ⓒ Unsplash
平凡さをつくる非凡な手間 表はきわめて平凡なジーンズだが、その平凡さをつくるのにいちばん非凡な手間がかかる。新しいジーンズに年月の目を入れる洗いひとつにも、その時代の色落ちの物理を再現する工程が幾重にも入る。ⓒ A.PRESSE
参照する原型、20世紀の服 A.PRESSEが再現の基準にするのは1950~60年代のアメリカのワークウェアとデニムだ。すでに公開された過去の服を原型にするので模倣に弱いが、「編集者」という哲学と流通のインフラ、再現の密度が、簡単には真似できない防御線になる。ⓒ Unsplash
古い形を、今日の比例で クラシックなテーラリングもまた新しく発明しない。20世紀のジャケットの原型を今日の体型と感覚に合わせて比例を取り直し、最高級の生地で織り直す。アイコンになったのは特定の一着ではなく、この「再現という態度」そのものだ。ⓒ A.PRESSE
無形の価値を有形の手で 「ヴィンテージの質感」という無形の価値を、日本国内の紡績・織り・縫製のインフラと熟練した手仕上げという有形の製造の力で裏づける。原価を上げる選択だが、このブランドの仕上げと物語を支える骨だ。ⓒ Unsplash
広く知られるより、深く愛される ロゴも物語も最小にした服は、目利きの消費者にしか届かない。大衆的な爆発力は低いが、このブランドはそもそもそれを目標にしたことがない。広く知られることを諦めた代わりに、深く愛されることを選んだブランドだ。ⓒ A.PRESSE
参考: A.PRESSE公式・正規取扱のセレクトショップ(Union LA·HAVEN·Mr Porter·Notre·HARRESØなど)·Wikipedia(A.PRESSE)·HOUYHNHNM·DIVERSE·Hypebeast(マガジン#35特集、2025年6月)·Detail Digest·Fashion Pressで照合した。公表・報道で確認した事実は、2021年秋冬に重松一馬(1988年生まれ)がA.PRESSEを創業、東京・神宮前のフラッグシップ、コンセプト「CLOTHING EDITORIAL DEPARTMENT」(創業者をデザイナーではなく「編集者」と規定・二人のデザイナーとのチーム作業)、「デザインしないデザイン」「世界観のない製造」の標榜、アメリカのワークウェア・ミリタリー・クラシックなテーラリングの原型の再現、シグネチャーはヴィンテージ再現のデニム(1950年代末~60年代初めの501系の糸と織りを再現したセルビッジのインディゴ、14オンスの硫化ロープ染めのブラック、プリズナーデニムなど)・ワイドトラウザー・ニット・テーラリング、メイド・イン・ジャパンと手仕上げ。創業者の来歴は、衣類の輸入業を経て2017年に「アンシングス(Anthings)」を設立、DAIWA PIER39(デザインは中田慎介)・HERILL・WEEKENDなど複数のブランドの生産・流通・営業を担当(デザインは他者)、A.PRESSEは彼が完全に統括した最初のブランド。流通は東京のフラッグシップとグローバルのホールセール、2024年秋冬コレクションでUnion LAを通じてアメリカへデビュー、2025年初めにMr Porterのオンラインへ正式参入、2025年にHypebeastマガジンの特集。価格(チノ約4万6千円、シグネチャーと主力が約6万4千~15万4千円、レザーのライダース約52万8千円)は公式と小売を基準にしたおおよその値で、為替と時点によって異なる(ウォン換算もおおよその値)。売上・純利益・従業員数・店舗数などの詳しい財務は非公開のため、価格帯と流通の足跡(参入したセレクトショップ)で規模感に代えた。アンシングスが複数のブランドの生産と流通を併せて握る構造だという記述は、公表と報道の総合である。「静かなラグジュアリー」やヴィンテージのトレンド、模倣への弱さに関する記述は一般論だ。写真ⓒ A.PRESSE(製品・ルック)·ⓒ Unsplash(街・ヴィンテージデニム・製造の画像)。