45店舗と一口価、19坪で640億ウォンを売る老鋪黄金
429円の靴下が弁当に勝つ理由、FAMIMA PARK AZABUDAI
卸で大きくなった会社が自分の店を建て続ける理由。BIRKENSTOCK渋谷
ソーホーのSKIN1004、広告予算で建てた185坪
アンダーソンベル青山、いちばん弱い市場に立てた旗
回力1927、回収はほかの1,000店で起きる
世界で17店を畳んだマッシモ・デュッティが、漢南に平均の1.6倍を開いた
愛知のひとつの工場、十五の名、そして十倍の値の開き
島山公園に五つの層、値を受け取るのは面積の40%だけ
雑貨チェーンが上海・外灘に無料の画廊を開いた理由
7日で服を替える会社が外皮ひとつに2年を使った
四つの階を受け、頂に品を売らないアトリエを置いた時計店
親会社が3,200万ユーロを消したブランドが、Tribecaの1階を得た(米国・家具リテール)
ユニクロが空けた1,800坪を、営業利益率3%の会社が丸ごと借りた(大阪・リテール)
59年間なかった一号店を、米国ではなくソウルが開けた(ソウル・リテール)
渋谷でいちばん地価の高い番地に、同じ看板を二度掛けた(東京・リテール)
上場審査の前日に、百貨店2階へ100平方メートルを開いた (上海・ロボットリテール)
17坪をフラッグシップと呼び、服をガラスケースに寝かせた(東京・リテール)
会社を5つに分けた38日後、京都の町家を開けた (京都·リテール)
売上の8割がオンラインのブランドが、リージェント・ストリートに12,000平方フィートを得た (英国・リテール)
米国外の初出店に350坪を取り、売るフロアは一つだけ置いた (東京・テックリテール)
H&Mが月1,000万で借りていた区画を、200万で取った(香港・リテール)
世界100店舗に卸すブランドが、自分の店は2階に出した(東京・リテール)
バンコクでは2,000㎡の温泉を回し、上海には香りだけを持って来た
北米が落ちた年に、東京で平均の4.5倍を建てた(東京・リテール)
7週間かかる帽子を売るのに、4か月の期間限定店を先に出した(上海・リテール)
日本の本社が3年後の目標に置いた数字を、韓国のライセンシーは4年前に越えていた (韓国・アウトドアリテール)
3坪の古着屋から始まった会社が、最大の店舗を繁華街の外に出した(大阪・リテール)
9日で百貨店5か所を開きながら、ブランド11を一つのサインに束ねた (ソウル・リテール)
広告を打てない会社が銀座に2フロアを借り、広いほうを会員だけに開いた (東京・リテール)
取扱店300軒のブランドが初の自社店舗を出し、開けるのは週4日だけ (京都・リテール)
年商3,900億ウォンの店をたたむと言った8日後、4km隣に法人を立てた(中国・リテール)
3年続けて損失が膨らんだブランドが西村に店を開き、最初の一か月を展示に渡した (ソウル・リテール)
6年で3割伸びた百貨店を出て、300m先の百貨店1階へ移った (札幌・リテール)
ソーホーでは路面に構えたのに、東京の初店舗は百貨店の3階だ(東京・リテール)
20回あまりのポップアップで育ったブランドが島山公園の96坪の真ん中にソファを置いた (ソウル・リテール)
300m先のユニクロが店を3分の1に縮める通りで、ZARAは5フロアを借りた(上海・リテール)
アメリカの物を売っていた6.5坪の店が、50年後マリブに週末だけ開く店を出した(東京・セレクトショップ)
日本企業が持つ英国のシャツブランドが、ソウル初の店を百貨店に開く(ソウル・リテール)
3店舗すべてが2階以上だったブランドが、銀座に次いで高い通りの1階を借りた(大阪・リテール)
営業利益が4分の1に縮んだアイウェアブランドが、ビバリーヒルズに200坪を開いた(米国・リテール)
2030年の目標だった売上100億円を5年早く超えたデニムブランドが、銀座でビル1棟をまるごと使う(東京・リテール)
純利益が94%減った会社が、タイムズスクエアの1,100平方フィートに年110万ドルを払う (米国・テック小売)
個室がドミトリーより安い、フランスのハイブリッド・ホステルの計算
所有権は国、運営権だけ民間へ。星のや奈良監獄の資本構造
浴室とフロントを消した39ユーロ、タンペレのマイクロホテル
フロントを消してTalk Shopに替えた、Caption by Hyatt Namba Osaka
同じ18室で単価を二倍にした、MUJI BASE KYOTO kiyomizu
ベッドが2位になる42室、Soho House Tokyo
座席の等級が客室の等級になった劇場ホテル
The Baby Grand、牡蠣バーが返す31室
丸福樓、三年半を部屋ひとつで持ちこたえた宿
築地WAYPOINT、103室を52室にして定員を増やす
韓国の中小型ホテル4軒がマリオットの看板を掲げる、手数料の総額はほぼ同じ
上海の72室が市場平均の2.5倍を出す、隣が映画館だからだ
120台のホステルが八室になり、面積あたりの売上は二倍になった
文化財六棟の京町家が一棟だけを宿として開いた
人口573人の崖の村に開いた29室のホテル
客室24室、上限を決めるのは26席のカウンター
1983年のモーテルを29室に作り替えた。ただし1年の半分は閉める(米国・ブティック)
40万ユーロで買った廃屋に、600万ユーロを入れた(アイルランド・ブティック)
客室を40㎡に広げ、レストランはつくらなかった (東京・アパートメントホテル)
館内にサウナがあるのに、部屋の中にもう一度入れた (日本・温泉ブティック)
ロビーを6階に置き、1階はまるごと店舗に回した(上海・ヘリテージブティック)
42室にベッド252台を入れた、ただし土地の持ち主は路面電車の会社だ (大阪・ホステル)
36室を直すのに1,500万ドルを使った、その3分の1は税から戻る
客室数はそのままに半年閉めた、開け直すと部屋代が二倍になった
廃線跡地に商業施設を建て、客室は9室だけつくった
ホテルを丸ごと借りていた会社が破産した (米国・ブティック)
免許6,765件を取り消した街で、住宅5軒がホテルになった
客室10室、部屋の中身は全部売り物。ただしその販売は2%しか稼がない
客室29室に洗濯機を29台入れた
ホテル75軒が同じ日にAirbnbへ載った、その手数料は3%ではない
温泉旅館を5か所建てると決めて、先に京都で飲食店を開けた
世界最上級ホテルの名簿に名を連ね、62室には二段ベッドを入れた
客1人が7,000円を払うのに、室料はビジネスホテルの2倍だ
55室に124億円をかけたが、その建物は借りたものだ
教会をまるごと直したら、客室は延床の三分の一しか出なかった
便所が2か所だったフロアに、9か所を抜いた
夏ごとに人が10倍になる町で、客室を77室開いた
客室65室を置くのに土地5万平方メートルを使った
建物16棟に客室55を散らした、1年の損失は650万ポンド
客室は15室なのに、結婚式は年700組を挙げる
17室のホテルは、開業前に買い手が決まっていた
賃料に押されて閉館したホテルを丸ごと買い、全室にスクリーンを掛けた
客室は10室だけ、飲食の席は217席
客室35室のホテルが、年2,500ユーロの会員証を別に売る
31室を16人のアーティストに任せ、宿泊料も分け合う
1室32億ウォンをかけたホテルの看板は、レストランの名前だ
客室16にタイプ8つ、そして部屋代に1日3食を入れた
渋谷の一石三鳥、一つの路地に三軒。なぜ一軒にしなかったのか
205万か所が閉じた月に開いた十二席、上海のIgnis Table
酒を値の中へ入れた韓国料理のコース、大阪のムグンファ
オイルジェ、天井を先に引いたワカメスープ一杯
茅場町の芭莉龍、肉三倍で値二倍
地下2階に路地を建てる、現代アウトレット東大門
8席と六区画、京町家が焼き鳥屋の開業費を6分の1にした
1988年の銭湯の地下が23万ウォンのコースを売る、売っているのは扉だ
定食ひとつ、二十席、海外に十五店
ひとつの生地で四つのブランド、9,600ウォンから星まで二十倍
値を半分に下げてモール2階へ入った上海の四川料理店
204年の蔵が酒ではなく飲む場所を売り始めた
放送で1,896のレシピを書いた俳優が、築100年の京都の家を開けた(京都・町家ダイニング)
66坪で年44億ウォンを売る店が、江南大路の1階に入る (ソウル・メキシカン ファストカジュアル)
36席で13年を通したシェフが、1年で三軒を開けた (東京・モダンフレンチ)
同じ32席で、昼は1,050円、夜は3,000円 (東京・二毛作店舗)
1万円のサンドを売っていた800席が、790円のラーメンを入れた(大阪・フードホール)
売上の75%が配達の業種が、江南駅で3階建てを一棟借りた(ソウル·チキン フラッグシップ)
おかず9皿を並べて、席料を別に取る (上海・乾式熟成の韓国式焼肉)
130席に1日750人が座る(ソウル・グローバルビュッフェ)
客が焼く席ごとに炭代600円が付く(東京・炉端会席)
1店舗で76億ウォンを売る食べ放題が、韓国では2店舗を畳んだ (米国・韓国式焼肉食べ放題)
523か所でたこ焼を焼いていた会社が、66席で小籠包を包む(東京・点心酒場)
1人19万5,000ウォンを取りながら、売る日は5日に減らした (ソウル・ホテルビュッフェ)
ひと皿を10円だけ上げるために、東京にビルを建てた (東京・ジンギスカン)
注文を受けてから20分ご飯を炊いて、定食の値を2.4倍にした(東京・とんかつコース)
ワッパーを7,400ウォンで売ってきた会社が10席で8万9,000ウォンを取る (ソウル・バーガー旗艦店)
15品4,400円のカウンターを、1年半で8つ作った (大阪・おまかせ鮨)
名店の料理長が靴屋跡を借り、ランチを2,200円に据えた(京都・イタリアン)
客単価79元だった店が350元のスペアリブを掛けた (上海・タイ料理)
豚バラを置かない焼肉店が50平方メートルで黒豚三品種を焼く(ソウル・黒豚焼き)
牡蠣が3割しか残らない年に、牡蠣専門店がパスタを前に置いた(東京・シーフードカジュアル)
78席を三層に分け、夜六時間だけ売る(京都・一棟三業態)
洋服店の隣、9.5坪の麺屋がミシュランの名簿に二度載った (ソウル・ヴィーガンヌードルショップ)
店が351になった年に、ハイボールを110円へ下げた(日本・串カツ居酒屋)
店に初めての星をもたらしたシェフが1年後に独立し14席を開いた(東京・モダンフレンチ)
18万ウォンだったランチを、ディナーと同じ38万ウォンで出す(ソウル・モダン韓国料理)
東京より高いもんじゃ焼きに、1カ月たっても行列が続く(ソウル・もんじゃ焼き)
教科書をつくる会社が、夜10時から1,300円のうどんを売る(東京・うどん割烹)
雲南料理店が728㎡を得て、その一角を物販に充てた(上海・地方料理)
うどん・焼肉のフランチャイズ運営会社が自社名義で香港料理店を開いた(東京・香港料理)
一口料理五つを、すべての客にまず3万9,000ウォンで売る(ソウル・フレンチビストロ)
回転を売っていた会社が、客の靴を脱がせ始めた(大阪・割烹)
同じエスプレッソが五倍になる場所、表参道のVannelli Coffee
15年、一日700人、椅子は一つもない。メルボルンのPatricia
裏道で7年、それから繁華街へ。SÖT COFFEE ROASTER心斎橋
Matcha Mate 100、ショールームを食べたカフェ
SPRO Coffee Lab、半値の建物が呼んだカフェ
ヘルカフェ、路地から移せるものと移せないもの
ラテアート王者が観光動線の外に開いた店、家賃を払うのは教室だ
カフェインのない茶の店が兜町に開く、一杯では家賃が払えない
アメリカーノのないコーヒー店、開店前に積まれた登録者20万人
ドバイのコーヒーブランドが香港セントラルの高級モール1階に入った
都心を飛び越えて工場団地に開いた上海のロースタリー
階段をひとつ上がった昼だけの茶の店
36年コーヒーだけを売ってきたロースターが、夜8時半まで店を開けた (東京・フレンチカフェ)
年に180万人が通る道の角に、席を20だけ置いた (東京・香港ロースタリー)
利益の半分を差し出すカフェが、新築タワーで最も良い場所を得た (シドニー・コミュニティカフェ)
家具ブランドが1階をまるごと明け渡し、お茶を売る会社を入れた (ソウル・デンマークのティーハウス)
パンを無料で付ける国で、モーニングセットを1,680円で売る (京都・自家焙煎カフェ)
席の入らない11坪で勝った会社が、席を置き始めた (米国・小型カフェ)
焙煎コーヒーの関税が0になると、産地が自らロンドンにカフェを開いた (ロンドン·インドの焙煎所)
7,000平方フィートを閉じた会社が、劇場ロビー一つで戻ってきた (ロサンゼルス・焙煎所カフェ)
アルバムを一枚通しで掛けるコーヒー店が午後3時に閉める(シドニー・喫茶)
1階24席が払えない賃料を、2階の畳四畳半が払う (東京・抹茶カフェ)
列を二本立てたカフェが同じアメリカーノを250円と600円で売る(東京・韓国ロースター)
抹茶の値が二倍になった年に、このカフェはご飯を30種類掲げた (シドニー・日本の抹茶カフェ)
全店を閉めた焙煎所が、地下に教室を入れて戻ってきた(ロンドン・焙煎所カフェ)
椅子10脚の値が一か月の賃料を超える(東京・ブランドカフェ)
ゲームコミュニティの代表が開いたカフェが世界51位に入った(ソウル・パナマゲイシャ専門)
コーヒーを作る音を消したカフェが、正午には扉の外まで列を作る (メルボルン・自動化カフェ)
213万人が通る庭にコーヒーを売る場所がなかった (東京・皇居カフェ)
50㎡の茶楼が、ラグジュアリーの隣の1階を取った(上海・中国茶ブランド)
コーヒーには硬すぎる水、その名を看板に掲げた(西宮・焙煎所カフェ)
豆を8,000km運んでくる店が、本店より安く売る (東京・スウェーデンのロースタリー)
コーヒーを二番目に置くカフェが、取り壊し寸前の建物に入った(シンシナティ・協同組合カフェ)
改札の内側でしか買えない紅茶が東京駅の地下に立つ(東京・英国ティースタンド)
官舎6棟の修復費を7,700ウォンのコーヒーで回収する(台北・シンガポールのロースター)
開店1週間でグラスを200個買い足した16席のカフェ(メルボルン・ダーティーコーヒー)
椅子5脚のコーヒー店が、タワー1階のソファを客席にする(大阪・シングルオリジンカフェ)
椅子に金をかけない店が、カップは磁器で出す (シドニー・香港式コーヒー店)
売上の20%を手放すコーヒー店が、築100年の質屋の格子の中に立った(香港・ポップアップカフェ)
銀座の40席に行列をつくったコーヒーブランドが、2号店には豆の缶だけを積んだ(東京・コーヒーブティック)
サンプル23点を味見して4点だけ買う焙煎所に外国人が訪ねてくる (ソウル・マイクロロースタリー)
ボールプールではなく部屋を売った。Snarkitectureとグレートホールの11年
We Are Martin Parr、倉洞に並んだ写真500点は無料
売らない1階と売る2階、THE FIRST FANの二層設計
コーヒーではなく席を売る、カフェが回転率を捨てた理由
214日で0ウォン、ナムジュン・パイクの惑星が選んだ会期と価格
会場を失って輸出できた、WATERBOMBが売る濡れてもいい数時間
144年かけて正門がない、サグラダ・ファミリアが売っていた時間
売っているのは絵ではなく本物という保証、BANKSY : Still Here
無料のゲームに27,000ウォン、サーバーの世界に住所が付いた日
ナ・ホンジン『HOPE』、5日で200万人。それでも届かない損益分岐点
店ではなくホテルのプールを借りたポップアップ、Lacoste Summer in Seoul
絵を一点も持たない1,000億の展示会社、GROUND SEESAWイースト
所蔵品がなく、航空券のように値を付ける美術館。teamLabボーダレス
西ソウル美術館、公園の下に埋めた美術館
エス・デヴリン、二時間の舞台を五か月の展示に
ポムポムプリンのパン屋、所蔵品から消耗品へ
2万8千ウォンの入場券が3分で完売、MUSINSAが聖水を丸ごと借りる
ポンピドゥーがソウルの水族館跡へ、4年契約で間借りする
ゴヤの韓国初個展は版画80点、油彩は一点もない
アトレティコが聖水に四日間の家を建てた、扉が無料なのは狙いだ
ティニピンの劇場版は予約1位、つくった会社は長く赤字だった
25年目のSUMMER SONIC、一度の招聘を二つの都市で売る
客席ではなくカウンターに座らせ、ビールは無料で配る(The Choir of Man)
常設ミュージアムは1年8か月、今度は25日だけ(TXT「LAYERS OF US」)
ただの場所は空き、5千ウォンのプールは埋まった(漢江パムピン)
絵を売る店を営んでいた人が、いちばん売れている(李大源 回顧展)
コレクターの航空券に乗って来る(デザインマイアミ・ソウル2026)
3,000点を受け継ぎ、売る代わりに美術館を建てた(パク・ソボ美術館ソウル)
本日開かれるはずだった催しが、丸1年休む(CCXPコリア)
ホテルを建てられなかった土地に彫刻92点が立つ
12点を見るのに2時間、会計に3時間(フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展)
ダウンロードで売る商品のために23万㎡が埋まった(gamescom 2026)
デパートでは無料だった展示が、地下鉄では2万200ウォンになった (K-カルチャーステーション)
市場が2年で24%縮んだのに、展示場は倍に広げた(グラッドストーン・ソウル漢南)
一回35.7人の市場に、280席を新しく開けた(LINK THE SPACE)
日本に151店ある会社が韓国では5日だけ店を開く(29CM×LOFT 文具ポップアップ)
半年前に外した祝祭を、蚕室に立て直した(2027 S/Sソウルファッションウィーク)
1,000円の入館券を買って35,000円の食事をする(東京国立博物館 鮨会席 おく乃)
会場を建てず、ホンデの10か所を3日だけ借りた(ZANDARI FESTA 2026)
チケットを一枚も売らずに三日間で14組を立てる(Spotify House Seoul)
6か月後に消す絵を23人が壁に描いた(ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー)
大邱で3万ウォンだった演奏を、4日後のソウルは1,000ウォンで売る
同じ美術館で、この部屋だけ4倍(スゥ・ドホ)
本家より一週間早く開くオクトーバーフェストが麻浦にある(オクトーバーフェスト・ソウル2026)
空きビルを占拠していたチームに、鉄道会社が高架下1,059坪を貸した(SKAC 亀有)
韓国で一度も公演しなかったバンドが百貨店3店舗を回る(ビートルズ ソウル・エディション)
韓国の投資会社が断った映画が、Netflixの資金で銀獅子賞を受けた(イ・チャンドン『Possible Love』)
1万2千ウォンのコースターと1,100万ウォンの螺鈿の箪笥を一棟で売る(SAY TOUCHÉ ソウル・フラッグシップ)
公演478本をひとつの名前で束ねるのに20億ウォン(2026ソウル・オータム・フェスタ)
25,000ウォンの観覧券に地図も順路も付かない (2026アートスペクトラム)
所蔵品のない美術館で、レオナルド1点のために1時間並ぶ(ルーヴル美術館展 ルネサンス)
50万人が無料で見る月の下に、1,200円の席がある(ムーンアートナイト下北沢)
ブランドの持ち主はアウトレットへ、名前を借りた側が290坪を建てた(ヘリノックス ウェア ソウル)
銀座並木通りのJAPAN EDITION、上は光のショールーム下は影の蔵
煙突を消したロースター、Contrabandが買ったのは場所を選ばない自由
約2.97㎡で平均の3.5倍、Now Now NoHoが売る鍵のかかる扉
配送できないものだけを1階に残した、五番街のシェイバー・ホール
売り場ではなく広告板、Julyがメルボルンに建てた最後の店舗
営業利益率40%が先で大理石はその次、オニツカタイガー新宿
靴を売らず足を診断する139平方メートル、ヴィヴォベアフットのソーホー
同じ座席を一日に二度売る、上海のゼロウェイストカフェバーæ(ash)
人口の8.5倍を狙う76億円の図書館、門真のKADOMADO
切符を取らない美術館、MoN Takanawaが稼ぐのは周囲の賃料である
シドニー魚市場、敷地を空けるための屋根
見えないために建てた増築、ニューヨーク・ヒストリカル
Shibuya LOVEZ、ホールを持つとは暦を持つこと
張園、地下を掘るために地上を持ち上げた
184日使った大屋根リング、10分の1を残すほうが新築より高い
ノドゥル島を7.6倍の金で建て直す、運営費の欄は空いたままだ
人口2,417人の町が煉瓦の箱を残し、半年で9.3%が会員になった
大通りを跨いだLACMAの新館、展示面積はむしろ減った
80億円を使って見た目が変わらなかった博物館
100年の劇場を建て直した金はホテルから来た
110年前のオフィスビルから、2つの階だけを切り出した(上海・再生建築)
庁舎ひとつがどくと、ソウル広場10個分が動き出した(ソウル・公共庁舎)
人口121人の町の隣に4億5,000万ドルの図書館が立った (米国・文化施設建築)
1972年の庁舎地下、社員食堂が1,500円を取り始めた(大阪・地下空間の再生)
9億1,500万豪ドルを使い、一層を丸ごと水に譲った (オーストラリア・美術館建築)
発電所の3階に5万冊を入れ、名前はブランドが持っていった(上海・美術館建築)
オフィスの真ん中で一層を空け、容積率600%を受け取った(大阪・複合開発)
完成させたまま1年半空けておくことにした (東京・木造商業建築)
空室率44%の通りで、多世帯住宅の二棟が入場券を売る(ソウル・再生建築)
45分2,000円の商品を売るために、安藤忠雄の建物の1階を借りた(京都・再生建築)
1兆3,500億ウォンで買った土地に、無料の文学館を建てて引き渡した(上海・再生建築)
開発を妨げると言われた1926年のパブが、今度は正面玄関になった(オーストラリア・再生建築)
二つの都市が突き返した美術館を、LAが年20ドルで受けた(アメリカ・美術館建築)
市が出したのは4,660万円、残りはサウナが返す (日本・公園建築)
ベビーカーが離れた街が、駅前に60mを建てた(東京・再開発建築)
ソウルが遺物倉庫を江原道に建て、土地代に21億ウォンしか使わなかった(ソウル・収蔵庫建築)
4,200席を作って年200万人を呼ぶという (上海・劇場建築)
1962年の骨組みを残したら、グレードが二段上がった(シドニー・再生建築)
数年後に解体する建物に、国産スギ480㎥を入れた(東京・暫定利用建築)
住戸を入れるため、建物の裏側を縦に削り取った(シカゴ・オフィスの住宅転用)
展示室は延床の30%だけ、その建物に430億ウォンを入れ直した(釜山・美術館大規模改修)
37館が解体され、この1館は島へ渡った(日本・移築建築)
5,000億ウォンの土地で、古い工場1棟から先に開けた(上海・再生建築)
700億円で国内線と国際線の位置を入れ替えた(大阪・空港大規模改修)
朝鮮の路地を地下に残し、8フロア多く積み上げた(ソウル・都心オフィス)
運営費の13%をチケットで稼ぐガラスの美術館が、10カ月ぶりに再開館(日本・美術館改修)
寮にできなかった倉庫に建築大学院が入った(米国・再生建築)
159億円のホール改修に、52億円の美術館を載せた(埼玉・美術館建築)
入館料で返せば125年かかる美術館を川辺に建てた(米国・美術館建築)
法廷で敗れた人々が港の一等地に574億ウォンを建てた(オーストラリア・文化施設建築)
杯ではなく時間を売る、KOFFEE MAMEYA Kakeruのコーヒーおまかせ
デザインしないという態度、編集者を名乗るA.PRESSE