ワシントンのある美術館は、アメリカでも指折りの室内空間を100年のあいだ通り抜けるだけの場所として使ってきた。11年前、そこにボールを100万個流し込んだところ、18万人が列をつくった。今年の夏、同じ場所に足場が組まれた。
1.7月3日、ワシントンD.C.のナショナル・ビルディング・ミュージアム(National Building Museum)が夏の設置作品『The Playground』を公開した。8月30日まで、木曜から月曜の10時から17時まで開き、火曜と水曜は閉める。大人18.95ドル、学生・シニア15.95ドル。チケットは時間指定制のみ。
2.規模は14,000平方フィート、約1,300㎡。この美術館140年の歴史で最大の屋内設置物だ。中規模の美術館なら展示室がまるごと収まる広さを、一室に遊び場として詰め込んだ。
3.設計はニューヨークのスタジオ、Snarkitecture。協働はGluten、プレゼンティングスポンサーはAmazon。材料リストを見ると足場(scaffolding)、バーチ合板、コルク、ロープ、リサイクル床材。どれも工事現場の隅に転がっているものばかりだが、予算がないからではない。それが狙いだという。
4.区画は九つ。滑り台とトンネルが差し込まれた中央の丘(The Hill)、100フィートの障害物コース、15フィートのクライミングウォール、ロープのハンモック、スポーツコート、迷路のように曲がるWavy Wall、コルクを敷き詰めたDig Pit、自分で何かをつくるAdventure Yard、いちばん小さい子ども向けのTot Spot。

5.ここで話したいのは遊び場ではない。この遊び場が置かれた「部屋」のほうだ。
6.舞台はグレートホール(Great Hall)という部屋。軍需総監だったモンゴメリー・メイグス(Montgomery Meigs)が1881年に設計し、1887年に竣工した旧年金局(Pension Building)の中央ホールで、南北戦争の北軍戦死者を悼むために建てられた。
7.この部屋の中央にコリント式の柱が八本立つ。高さ75フィート、約23mだから8階建てと並ぶ。直径8フィート、周囲25フィート。柱一本にレンガが7万枚入り、世界でもっとも高い古典柱の一群に数えられる。

8.メイグスはこれを、ミケランジェロが手を入れたローマのサンタ・マリア・デリ・アンジェリ(Santa Maria degli Angeli)聖堂から写した。レンガで積み上げたうえで1895年に大理石に見えるよう塗ったので、この柱からして偽の大理石。安い材料で記念碑を装った建物だった。この話は後でまた出てくる。
9.この部屋がどれほど良かったかというと、竣工から20年のうちに大統領就任舞踏会が五回開かれた。クリーブランド、ハリソン、マッキンリー、セオドア・ルーズベルト、タフト。クリーブランドにいたっては工事が終わる前に仮設の屋根をかけて舞踏会を開いている。
10.1980年、議会がこの建物を美術館にしたところから問題が始まる。美術館はこの部屋に展示を置かず、隣のギャラリーに掛けた。グレートホールの仕事はチケットを買い、通り抜け、トイレへ向かうこと。廊下だった。
11.アメリカ屈指の室内空間を、100年のあいだ動線として使った。世界でいちばん高い廊下。
12.2014年、美術館がこれをひっくり返す。ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)のBIGにグレートホールをまるごと預けて迷路をつくらせた。「Summer Block Party」の始まりである。

13.翌2015年、Snarkitectureがここに『The BEACH』を敷いた。10,000平方フィート、約930㎡の床にリサイクルの透明プラスチックボールをほぼ100万個流し込んで「海」をつくり、幅50フィートの「海岸線」にビーチチェアとパラソルを置いた。奥には鏡の壁を立て、海が無限に続いて見えるようにした。
14.18万人を超えた。美術館の夏として歴代最高の記録。大人たちが美術館のボールプールに入るために列をつくった。いまの料金18.95ドルをその人数に掛ければチケット収入だけで340万ドル分になるが、2015年当時の料金はこれより低かったので、桁だけを見ればいい。

15.「大人だって遊びたい」という答えでは薄すぎる。
16.美術館はもともと「手を触れないでください」の家である。なかでも建築美術館がいちばん分が悪い。建築を図面・模型・写真で見せるのだから、実物大の芸術を縮尺模型で売る店になる。人が来ないのは当然だった。
17.グレートホールはそれ自体が実物大の建築なのに、この部屋を通り抜けた人たちは部屋を見たことがない。廊下は見る場所ではなく、通過する場所だから。
18.Snarkitectureがやったのは、この部屋に何かを「設置」することではない。人をこの部屋に引き止め、寝かせたのだ。ボールに埋もれて横たわると視線はどこへ行くか。上へ行く。75フィートの柱がそこで初めて目に入る。ボールプールは人を寝かせる装置だった。
19.列ができた理由はボール遊びではなく、一生通り過ぎるだけだった記念碑に初めて体が触れたこと。いい空間をもっぱら写真で消費する時代に、体を浸せる実物大の空間は希少になった。

20.ここでSnarkitectureを少し知っておきたい。2008年にアーティストのダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)と建築家のアレックス・ムストネン(Alex Mustonen)が立ち上げ、二人はクーパー・ユニオン(Cooper Union)の同窓。2014年にベンジャミン・ポルト(Benjamin Porto)がパートナーとして加わった。社名はルイス・キャロル(Lewis Carroll)が1876年に書いた詩『The Hunting of the Snark』から取っており、いもしない怪物を捕まえに行く話だという。スローガンは「not art, not architecture」、自分の口で芸術でも建築でもないと言う。トレードマークはすべて白。色を抜き、形と光と質感だけを残す。

21.2015年の『The BEACH』が何でできていたかを、まだ書いていなかった。足場、木製パネル、パンチングメッシュ。2026年の『The Playground』とほぼ同じ材料だが、2015年はそれを全部白く塗って覆っていた(clad in stark white)。
22.2026年は覆わなかった。足場は足場のまま、バーチ合板は合板のまま。ペンキを剥がすのに11年かかったことになる。1895年にレンガを大理石に見せて塗ったその部屋で、今回は何も塗らないと決めた。白という装置がなくても部屋が働くと、いまはわかっている。
2015『The BEACH』 · 足場 · 木製パネル · パンチングメッシュ · 白いクラッディングで安い骨組みを隠した
2026『The Playground』 · 足場 · バーチ合板 · コルク · ロープ · クラッディングなし、安い骨組みがそのまま仕上げ
23.『The BEACH』の翌年、2016年にニューヨークでMuseum of Ice Creamが生まれた。ピンクの部屋、スプリンクルのプール。Color Factoryも出てきて、いわゆる「インスタ美術館」ブームが弾けた。みな『The BEACH』を見ていて、みなボールプールを真似した。結果は分かれる。インスタ美術館が一斉に飽和して新鮮さが薄まるあいだに、Museum of Ice Creamはサンフランシスコとロサンゼルスの店を閉じ、Summer Block Partyは13年目を回している。今年が『The Playground』だ。

24.なぜ分かれたか。真似た側が買ったのはボールで、真似られなかったのは部屋だ。ピンクのペンキとボールプールは数千万ウォン、日本円で数百万円あればどこにでも敷ける。75フィートのコリント式柱八本は買えない。『The BEACH』の商品はボールプールではなくグレートホールで、ボールはその部屋を見上げさせるための撒き餌だった。そこを取り違えた人たちが餌だけを複写して売り、賞味期限が切れた。背景は真似できる。部屋は真似できない。
25.だからこの美術館は毎年、同じ部屋を別の建築家に預ける。2014年BIGの迷路、2015年The BEACH、2016年Iceberg(James Corner、最高56フィート)、2017年Hive(Studio Gang、紙管2,700本)、2018年Fun House(Snarkitecture)、2019年Lawn(Rockwell Group、サトウキビと大豆)、2023年Look Here、2026年The Playground。商品は毎回変わり、資産は変わらない。設置費は毎年あらたに出ていくが、その分をプレゼンティングスポンサーが埋め、美術館が回収するのは夏の一季に集中する時間指定チケットのほう。13年もった構造がここにある。


ナショナル・ビルディング・ミュージアムは8月30日まで、14,000平方フィートの遊び場をグレートホールに入れた。75フィートのコリント式柱が八本立つこの部屋を100年のあいだ廊下としてだけ使い、11年前になってようやく人を寝かせる場所にした。残る数字は18万人。ボールの値段ではなく部屋の値段だ。これを自分の場所に移そうとすると、同じところで止まる。図面を広げれば、天井高と光がいちばんいい区画にはたいてい倉庫か廊下、でなければ人が目を閉じて寝ている部屋が付いている。その区画を客が起きている用途に回す判断は、設置物をひとつ入れるよりずっと遅く、ずっと高くつく。覆う仕上げを剥がすほうが工事費とブランドを同時に助けるという計算も、見積もりが固まる前にしか切れないカードだ。
