フランスのポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)のソウル分館「ポンピドゥー・センター ハンファ」が2026年6月4日に開いた。場所は汝矣島(ヨイド)63ビルの別館、39年間水族館があったところだ。両機関が結んだライセンス契約は4年。開館展はキュビスムを扱う《キュビスト:視覚の革新者たち》で、大人の観覧料は2万8千ウォン。
1.魚が出ていった場所だ。63ビル別館の低層部には39年間、水族館があった。1985年に63シーワールドとして開き、2016年にアクアプラネット63へ名を変え、2024年6月30日に営業を終えた。その空いた空間に入ったのがパリから来た美術館。暗い水槽があった場所を、いまは絵が埋める。
2.地上4階で、延べ面積は1万㎡を超える。そのなかに天井高7mの展示室が二つ、複層で入り、ひとつがおよそ1,500㎡前後。中規模の美術館の展示室がひとつ丸ごと入る大きさだ。開館後は年2〜3回の企画展を掛けると運営会社は案内する。

3.設計はジャン=ミシェル・ヴィルモット(Jean-Michel Wilmotte)が担った。ルーヴルの改修やエリゼ宮、仁川国際空港を手がけたフランスの建築家だ。彼が63ビル別館に付けた名は「光の箱」。水を閉じ込めるために窓をふさいでいた水族館の建物を、光を入れる建物へ裏返した。
4.この外皮が昼と夜で違うように働く。昼は外の光がガラスを通って建物の奥まで入り、夜は内の光が逆に街へ漏れていく。ガラス表面の目地は韓屋の瓦の曲線から取ったと設計事務所は説明する。窓をふさいで水を満たしていた空間とは正反対の処理だ。

5.水族館を美術館へ変える仕事は、外を新しく着せるだけでは終わらない。水を満たしていた天井の高い空間は、大きな絵やインスタレーションを掛けるにはむしろ合っている。問題はその下だ。湿気と荷重に耐えるよう組んだ構造を、展示用の恒温恒湿へ戻す工事がガラスの下に敷かれる。この改修の実際の費用は、目に見えるガラスではなく見えない設備の側にある。

6.ここから金がどこで回るかを見よう。ポンピドゥーは美術館のブランドを売るところだ。スペインのマラガ(Málaga)、中国の上海、ベルギーのブリュッセル、米国ニュージャージーのジャージーシティに分館を開き、今度がソウルの番。所蔵品と名を貸し、その対価を受け取る仕組みだ。
이름을 빌려주는 미술관 · 퐁피두 해외 분관
7.数字を見ると規模がつかめる。マラガは市がポンピドゥーへ年270万ユーロ、韓国の金でおよそ40億ウォンを払う。2030年からは310万ユーロへ上がる。ブリュッセルと上海、ジャージーシティの3か所がパリにもたらした収入だけで1,600万ユーロ。ハンファが払った金額は公開されていないが、このベンチマークから大きく外れないと見られる。
브랜드 임대료 · 퐁피두가 분관에서 받는 돈
8.なぜいまパリがブランドを売るのかが、この話のひっくり返る場所だ。パリの本館が2025年から5年間、扉を閉じる。大がかりな改修のためだ。フランス会計検査院(Cour des Comptes)は、この工事が費用超過と資金不足の危険に置かれていると警告した。本館が閉じる5年のあいだ、所蔵品には行き先が要り、改修には金が要る。海外分館がその二つを一度に解く。
9.ハンファ側の計算は違う。39年物の水族館が出ていった63ビル別館は大きな空室だった。汝矣島の金融街のランドマークが、低層部に空いた空間を抱えていたことになる。その場所を世界的な美術館ブランドで埋めれば建物全体の格が上がり、人がふたたび来る。入場収入より資産価値が先に掛かった勝負だ。

10.観覧料を見ると、その計算はさらに鮮明になる。開館展の大人2万8千ウォンは韓国の美術館のなかでも最高価格の部類に入る。青少年とシニアは1万9,600ウォン、子どもは1万6,800ウォン。このチケットをいくら売っても、1万㎡の美術館の運営費とライセンス費用を入場収入だけで埋めるのは難しい。観覧料はこの事業の目的ではなく入口の敷居だ。
11.ではなぜよりによって汝矣島なのか。美術館は普通、観光の動線か住宅地の隣に立つ。汝矣島は証券会社と銀行が集まった金融街だ。退勤すれば空になる街に美術館を置くのは、観光客ではなくこのビルとこの商圏を狙った一手。63ビルを「通り過ぎる場所」から「行く場所」へ戻そうとする試みだ。

12.この文法自体は新しくない。スペインの古い港町ビルバオがグッゲンハイム美術館ひとつで生き返った後、文化施設は不動産の錨になった。美術館が人を呼び、人が商圏を温め、商圏が建物の値を上げる。ハンファはその公式を自分のランドマークのなかで回そうとしている。

13.系譜をたどれば、ポンピドゥー自体がこの公式の元祖だ。1977年にパリで開いた本館は、配管とエスカレーターを建物の外へ全部出した破格で知られる。レンゾ・ピアノ(Renzo Piano)とリチャード・ロジャース(Richard Rogers)が設計し、内臓をあらわにしたその姿がむしろ街のランドマークになった。美術館が建物ひとつで街を変えた初期の例だ。

14.その元祖がいまは自分の名を貸して金を受け取る。配管を外へ出して破格を売った美術館が、50年後には所蔵品とブランドを世界へ貸して稼ぐ。本館が扉を閉じる5年、ポンピドゥーの絵はマラガと上海とソウルを回る。ハンファはその巡回の一つの停留所を汝矣島に買い入れたわけだ。
15.39年間、魚が住んでいた63ビル別館に、扉を閉じたパリ本館の絵が4年契約で間借りした。マラガの例で見れば、こうしたブランド賃貸の値は年に数十億ウォン。同じ発想を小さな建物へ移すと、内容ではなく裏側で詰まる。借りてきたブランドで空室を埋める瞬間の話題性は簡単だが、そのブランドの運営費を入場収入の外で背負う資産の構造がなければ、賃貸期間が終わる日に空室は戻ってくる。


