2026年3月3日、京都の町家の2階にカウンター8席の焼き鳥屋が開いた。4か月で予約が取れないと言われている。ただ、ここで見るべきは8席ではなく、その8席が収まった建物のほうだ。1913年に建った京町家一棟を2024年に六つの区画へ割った場所、名は湯浅会館。20年焼いてきた職人が自分の店を出せた理由は、図面に書かれている。
1.まず住所から。京都市下京区高倉通五条上ル亀屋町172、地下鉄五条駅から徒歩5分。焼き鳥屋の山本料理店はこの建物の2階に2026年3月3日に開店し、席はカウンター8席、補助椅子を入れて9席。夕方5時から11時までの営業で、日曜と月2回の月曜が休み。食べログが示す夜の予算は6,000円から7,999円。
2.焼くのは山本浩巳。祇園の焼き鳥屋、侘家古暦堂が出した上位ブランドで20年以上串を握り、ソムリエの資格も持つ。鶏は京赤地鶏をはじめとする京都産、火は備長炭。串一本が380円から480円、漬け込んだ鶏を揚げて炭にもう一度のせる炸鶏が1,380円。そしてこの建物には、こうした店が六つ入っている。
一棟に六区画入口脇の案内板。ばんさん、STANDING OVATION、Nattsun、山本料理店、ゆう餐、ハイボールBAR小雪の順に番号が振られている。ⓒ食べログマガジン
3.京町家は道に面した間口が狭く、奥へ深い。鰻の寝床と呼ばれるあの平面だ。湯浅会館は2階建てで、外から見た幅よりずっと奥へ入り、敷地の真ん中を中庭が貫く。2024年、この一棟を六つに割って貸し出した。案内板の六つは、角打ちと麺のばんさん、立ち飲みのSTANDING OVATION、炭火ビストロのNattsun、山本料理店、和酒のゆう餐、ハイボールBAR小雪。開館時に一緒に入っていたカウンター焼肉の肉人は、その板にない。
補助椅子を入れて9席山本料理店の客席。小屋組をそのまま見せた2階にカウンターをひとつ置いただけで、席を増やす余地は初めからない。ⓒ食べログマガジン
見た目より深い湯浅会館の内部。狭い間口を抜けると奥へ長く続く。ⓒLeaf KYOTO
真ん中が抜けている敷地中央の中庭。六つの店はこの共用部を囲んで配置される。ⓒいえ屋
4.備長炭は炎を立てない。赤く沈んで熱だけを放つ炭なので、皮が先に縮んで脂が落ち、その脂が炭に触れた瞬間に煙が一度立つ。8席は、その煙と客のあいだに何も置かない配置だ。串を返す手が腕一本の距離にあり、焼ける匂いを服にしみ込ませたまま外へ出ることになる。
380円から480円つくね480円、せせり380円、手羽先420円。きのこと蕪の串もそれぞれ380円。ⓒ食べログマガジン
5.炸鶏は、漬け込んだ鶏を揚げてから炭の上へ戻す。衣が油から出て一度乾き、炭でもう一度乾くと、噛んだときの音が二層に割れる。そこへ味噌を溶いたソースが覆いかぶさり、音を殺す。締めに出る鶏煮込みそばが900円。コースは三つ。軽い3,800円のもの、貸切のときだけ受けるシェフのおまかせ1万円、飲み放題を付けた1.2万円。
皮から乾く備長炭で焼いた串。皮が先に縮んで脂を落とす。ⓒ食べログマガジン
6.20年焼いてきた人が、なぜ今になって自分の店を出したのか。京都で町家を一棟借りて直すと、構造から手を入れる工事は坪70万円を超え、建物が小さければ坪100万円まで行く。六区画に割った場所は、その勘定を6分の1へ下げる。名店で20年学んだ技術が開業資金に負けて座り込むことは、この商売で珍しくない。建物が区画を細かく割った瞬間、その詰まりがほどける。
区画を細かく割れば値が下がる町家の内部。構造から手を入れる改修は坪70万円を超えるが、内装だけなら坪25万円から40万円の線。ⓒいえ屋
7.客の側から見ると、この建物は店ひとつではなく路地だ。午前10時に開くビストロで昼酒を飲み、午後4時から立ち飲みの店へ移り、5時に2階へ上がって串を食べる。一棟のなかで会計を三度する、ということ。六つの店が客を奪い合うのではなく時間を分け合う仕組みで、だから建物の営業は10時から深夜0時まで途切れない。
午後4時から深夜0時まで1階のSTANDING OVATION。立ち飲みのカウンターだけで、10人入れば満席。近くのビストロが出した2号店だ。ⓒキョウトピ
午前10時に開く1階の炭火ビストロNattsun。午前10時から午後6時まで開け、昼酒を受ける。ⓒ食べログマガジン
時間を分け合う公開されている四店を重ねるだけで、午前10時から深夜0時まで途切れない。六つの店が客を奪う代わりに時間帯を割って使う仕組みだ。
8.ここから金の話。山本料理店を逆算してみる(以下は推定)。客単価を7,000円、8席に夜6時間、コースが混じるので回転は1.5回。1日12人なら84,000円、日曜と月2回の月曜を抜くと営業は月24日なので、月商はおよそ200万円、1年で2,400万円になる。
9.面積と家賃を乗せてみる。カウンター8席に厨房と炭火を入れると8坪から10坪。京都の繁華街の店舗家賃は坪あたり月15,000円から50,000円で、五条は四条側より下に付くので、坪15,000円で9坪なら月13.5万円。売上に対する家賃は7%以内。ソウルで立地の良い物件を借りたことがある人なら、この数字の意味はすぐわかる。
10.残りの費用も並べる。焼き鳥の原価率を33%とすれば66万円、炭と冷蔵のため光熱費が8%前後で16万円、消耗品とカード手数料で14万円。人件費は0だ。店主がひとりで焼き、ひとりで注ぐから。200万円からこれを引くと90万円ほどが残り、そのなかに店主の所得と税金と減価償却が全部入っている。
逆算した8席月商200万円から食材・家賃・光熱費・雑費を引くと90.5万円。人件費が0なのは店主がひとりで焼くからだ。回転率と原価率は推定値。
11.結論は初期投資で分かれる。内装だけの工事が坪25万円から40万円なので9坪で225万円から360万円、焼き鳥グリルと冷蔵とフードで300万円から500万円、そこに保証金6か月から10か月分。合わせて700万円から1,000万円の線。残る90万円から店主が生活費に60万円を持っていくなら、返済に回せるのは月30万円で、回収に2年から3年という計算になる。
12.天井も同じ計算のなかにある。満席で回転を倍にしても月270万円あたりが上限で、その上には売る席がない。この天井を破る仕掛けが貸切だ。最大20人まで受け、おまかせ1万円や飲み放題1.2万円を付ければ1日20万円から24万円。普段の3倍近い。8席の店の年間の損益は、平日の回転ではなく貸切が月に何度入るかで分かれる。
13.系譜をたどると、会館という名がまず目に留まる。日本で会館は組合や町が使った集会の建物の名で、ひとつ屋根の下に小さな店を複数入れる文法そのものは横丁や長屋まで遡る。形式に新しさはない。この十数年の変化は、その形式を新築せず古い建物へ戻し入れるところにある。京都を訪れた外国人は2025年に1,268万人で過去最多。それだけ一棟貸しで宿泊へ回った町家も多い。
先に抜けた一区画カウンター焼肉の肉人。2024年の開館に合わせて開き、その後に閉店した。案内板の六区画は今も六つの名で埋まっている。ⓒ京都速報
14.分かれるのは、資産がどこに積まれるかだ。建物主は六区画を入れ替えながら続いていく。開館時に入ったカウンター焼肉はすでに閉じたが建物はそのまま回り、一店が抜けても家賃の6分の1しか空かない。残る五店が作った客の流れは残る。借り手の側は事情が違う。8席の店の値打ちは焼く人の手に丸ごと結び付いていて、売ることも、譲ることも、人を入れて増やすこともできない。20年学んだ技術で年2,400万円の店を建てたのに、その店は彼が串を置く日に消える。
15.1913年に建った京町家一棟を2024年に六区画へ割った建物の2階で、20年焼いてきた職人がカウンター8席で4か月のうちに予約を埋め、その8席の家賃は売上比7%以内に落ちる。この仕組みを韓国に置くと、図面ではなく設備で引っかかる。一棟を六つの飲食店に分ければそれぞれ営業申告を別に出す必要があり、そのたびに調理場と給排水と換気の要件が区画ごとに付いてくる。古い建物で実際に足を取るのは浄化槽の容量とグリストラップの位置で、これは図面を描く前に確かめておかないと、後から区画数を減らすことになる。