東京・吉祥寺の古い民家を直して作った二十席が、2020年6月1日に開いた。売る物はひとつだけだ。90gの炭火ハンバーグ三枚、いくらでも足してくれる炊きたての飯、味噌汁、生卵ひとつ。値は1,820円。その後の6年で日本のなかに増やした店は四つなのに、海の向こうには十五が立った。今年だけで1月に上海、6月にシンガポール。
1.店の名は挽肉と米。挽いた肉と米という意味そのままだ。1号店は吉祥寺の住宅街の民家を直して使い、十人が囲む円形のカウンターを二つ置いて二十席を作った。すべての席が焼く場所と向き合う配置。メニューは定食ひとつだけで、開店のとき1,500円台だった値が2024年11月に1,820円になった。予約は受けず、その代わりに毎朝、列が立つ。
2.客は朝9時から名を書くか整理券を受け取り、入る時間を割り当てられる。日本のなかの店は吉祥寺と渋谷の道玄坂、京都の祇園、福岡の今泉の四か所。海外は2026年4月の時点で十五か所だと会社は明かす。今年1月9日に上海の東湖路のFUFUの中庭へ入り、6月5日にはシンガポールのVivoCityへ二十八席を開いた。
この平面ひとつが十九回複製された吉祥寺の1号店。調理台を円形のカウンターが囲み、その上へフードが丸ごと下りてくる。ⓒ上野建築研究所
3.平面は単純だ。真ん中に炭火の焼き台を置き、カウンターがそれを囲む。ホールがないのでサーバーの動線もなく、焼く人がそのまま接客する人になる。飯は羽釜四台で15分ごとに炊き直し、肉は毎朝、店のなかの冷蔵室で挽く。創業者が掲げた言葉は三つ。挽きたて、焼きたて、炊きたて。
焼く場所がそのままホールだ焼き台の近景。カウンターの天板がグリルを囲み、客の前に調味料の箱と飯茶碗の場所が付く。ⓒ吉グル
4.カウンターに座ると目の高さが焼き台になる。90gの種が炭の上へ載った瞬間に脂が下へ落ち、その脂が炭に触れてふたたび煙になって上がる。煙が肉の表面へもう一度座るのが炭火調理の原理で、カウンターの客はその往復を鼻で先に食べる。羽釜の蓋を開ける音は、木が木に当たる鈍い音だ。
脂が炭へ、煙がまた肉へ楕円の炭火の上へ種が並んで載る。カウンターの客はこの往復を鼻で先に食べる。ⓒ吉グル
5.三枚を一度に出さないことがこの店の設計だ。一枚を食べ終わる頃に次の一枚が焼けて来るので、客は冷めた肉に一度も出会わない。一枚目は塩とわさび、二枚目は鬼おろしとポン酢、三枚目は飯の上に載せて生卵を割って混ぜる。食べる順序まで決めて売っているわけだ。
飯は15分ごとに炊き直すコンクリートの天板に埋まった羽釜から湯気が上がる。サーバーの動線が消えた場所に、調理台とスツールだけが残る。ⓒPOOL inc.
6.この家が売るのは完成した皿ではなく、完成していく過程だ。調理を客の前へ引き出す文法そのものは寿司屋と鉄板焼きが長く使ってきたもので、その文法はいつも高い値を正当化する仕掛けだった。ここでは同じ仕掛けが1,820円の定食に付いているだけ。
三枚目の食べ方飯の上に肉を載せて黄身を割る。順序まで決めておけば、客が待つのは次の皿ではなく次の場面になる。ⓒLeaf KYOTO
7.メニューをひとつに減らした見返りは大きい。客は選ぶ物がないので座るなり調理が始まり、厨房は工程がひとつなので新しく来た人も数週間で焼く。在庫は肉と米と卵で終わり、廃棄がほとんど出ない。並ぶ側も同じで、何を食べるかすでに分かっている列は退屈が薄い。
九州に出した四番目福岡今泉店の立面。通りに面した開口の内側に、円形の調理台がそのまま見える。ⓒPOOL inc.
8.安い物を無限に開き、高い物を固定した配分も精巧だ。飯と卵と調味料はいくらでも取って使わせ、原価の乗った肉は270gできっちり止める。客が感じるのは豊かさで、店が守るのは原肉の重量。香港IFC店が開いた日には三百人が並び、整理券が400香港ドルで取引されたという報道が出た。列が長くなるほど値ではなく整理券が上がるなら、その上乗せは誰が持っていくのか。
9.ここから金の話。以下は推定だ。二十席で昼四時間、夜四時間を回す。定食ひとつなので注文から一枚目までが短く、滞在が30分前後なら席の回転は一日十二回ほど出る。一日240人、客単価1,820円なら日商44万円。月に二十六日開ければ1,140万円あたりになる。
原価率を回転で返す構造材料費の比重は一般の外食より高く見積もられ、その代わり一等地ではない場所を選んで家賃を売上の4%台へ抑えた。回転と費用の比率は推定値。
10.問題はその原価率だ。牛肉100%の種270gに飯と卵と味噌汁を載せて1,820円なら、材料費は一膳あたり700円から900円のあいだと見られる。40%台。一般の外食が30%前後で管理するのを考えれば高いほうで、飯をいくらでもよそう分、上へ漏れやすい。
設備が一式で終わる6月5日に開いたシンガポールVivoCity店の立面ドローイング。厨房が一式なので、新しい国へ行っても描き直す物が少ない。ⓒHIKINIKU TO COME
11.その代わり家賃が軽い。1号店は駅前の1階ではなく住宅街の民家で、2号店は道玄坂のビル3階でエレベーターもない場所を、建物主の自宅から引き継いで直した。列を作れる店は一等地を買わない。二十五坪に坪2万円を仮定すれば、家賃は売上の4%台になる。
一度に一枚シンガポール店のカウンター。焼き網に載って一枚ずつ渡ってくる。一等地を買う代わりに、この場面が広告を代わりに務める。ⓒThe Ranting Panda
12.同じ定食が国境を越えると値が変わる。上海128元、香港138香港ドル、台北650台湾ドル、シンガポール27.90シンガポールドル。ウォンに移せば日本の1.4倍から1.7倍だ。賃料と人件費、輸入した原肉に付く費用が乗った値だが、ブランドが国境を越えながら上乗せをもう一枚受け取る区間でもある。
国境ごとに付く上乗せ日本のなかで1,820円の一膳が、外では1.4倍から1.7倍で売られる。為替は概略値。
13.作った人は山本昇平。2005年、二十三歳で俺のハンバーグ山本を出し、2010年頃に頭へ同じ言葉を付けた無関係の店が増えて客が混乱したため、2016年6月に全店の名を山本のハンバーグへ替えた。ハンバーグ一品で15年を過ごした人が2020年にあらためて開いたのが、いまの店だ。
国境を越えても皿は同じだ台北の華山店の進出のときに使われた商品写真。海外の拡張は台湾で先に速度が付き、いまは台中まで下りている。ⓒGQ Taiwan
14.裏返るのは、拡張の主が元祖ではないというところだ。日本の外食大手、物語コーポレーションが作った肉肉大米が2022年11月に上海で先に出発し、深圳と杭州へ広がって2024年には香港まで行った。値は68元、78元、88元の三筋、席の回転は一日二十二回、よく回る店は月商が100万元を超えると現地の媒体が伝える。元祖が今年1月に東湖路へ入ったとき、市場はすでに作られていた。
3年先に根を下ろした側上海の肉肉大米。飯と味噌汁、生卵と調味料まで一膳の配置が同じで、値は68元から。ⓒみるたんの上海生活奮闘日記
列がそのまま広告費だショッピングモールのなかの店の前に人が集まった。華南1号店の開店のときには三時間待ったという報道が出た。ⓒ赢商网
15.元祖が選んだ答えは店舗数ではなかった。創業者は売上より利益率を、従業員数より一人あたりの利益を先に見ると話す。国内の拡張はパートナーのフランチャイズで四、五か所までと見て、2022年1月には尾山台に製造の厨房を備えた研究所を建て、冷凍の商品へ出た。席で増やせない分を工場が出す。
1月9日、上海の東湖路徐匯区の古い通りに入ったFUFU。塀に沿って座って待つ列が、この商圏の風景になった。ⓒ澎湃新闻
16.二十席の民家から始まった一膳が6年で五つの国へ広がり、自国に残した店は四つなのに外に立ったのは十五だ。残る数字は40%台の原価率を一日十二回の回転で返す構造。韓国で先に引っかかるのは家賃ではなく生卵だ。定食に生卵を基本で載せるには生食用の基準を満たした卵を使わなければならず、夏場の保管温度と表示が付いてくる。飯をいくらでもよそう判断も同じ重さで、回転が十二回から八回へ下りた瞬間、豊かさとして売っていた物がそのまま赤字になって返ってくる。