本日、全国の串カツ田中351店舗に新しいドリンク価格が掲げられる。ウイスキーのハイボールが1杯100円、税込110円。期間限定ではなく常時価格である。同じ日に京都市山科区で72席の新店が開き、6日前の9月4日には2008年の創業以来はじめてのリブランディングが発表された。
1.運営はユニシアホールディングス。2026年3月1日まで社名は串カツ田中ホールディングスで、その日に改称した。東京証券取引所スタンダード市場の上場企業であり、1号店は2008年12月に東京・世田谷で開いている。国内店舗は先月初め時点で351、うち105店が東京に集まり、店のない都道府県は和歌山県だけとなった。
2.9月4日に発表されたのは、ロゴ・看板・外観・内観を一度に変えるという内容。新しいタグラインは「今日も、田中で。」。発表以降の新規店はすべて新デザインで展開し、既存の350余店は約10年かけて順次改装すると会社は案内している。
3.本日開くのは京都市山科区中在家町の椥辻店。地下鉄東西線・椥辻駅2番出入口から徒歩3分、席数は72。平日は16時、土日祝は12時に開け、閉めるのはいずれも24時。区役所など行政施設が集まる一帯で、家族客と仕事帰りの客を同時に取りにいく立地の選び方だ。

4.新しい外観は、濃い緑の壁に白いサインボックスを載せ、赤いロゴを据えた構成。角ごとに丸い提灯型のサインが付いて夜に光り、道路に面したガラスは大きく抜いて中の客がそのまま見える。かつての店が赤地に黄文字で遠くから叫ぶ側だったとすれば、新しい店は声を下げて窓を広げた。

5.中は三通りに席を分けてある。窓に沿った長いカウンター、木の仕切りで半分隠した4人卓、そして厨房前のスツール席。天井はコンクリートを現しのままにして木の角材を格子に渡し、照明を隠している。壁の上部には串の名を書いた木札が並ぶ。ひとりで来た客がカウンターに座り、壁を見るだけで注文を終えられる配置。


6.揚げる音がホールの真ん中で鳴る。細かいパン粉をまとった串が油に入ると音が一瞬高くなって収まり、引き上げられたものはステンレスのバットの網に積み上がる。卓には薄いウスターソースの入れ物が置かれ、そこに付く文言がソース二度づけ禁止。一度浸した串を戻さないという大阪の串カツ屋の古い約束で、この店はその一行を自社のソース缶にもそのまま刻む。

7.看板になったのは1本50円、税込55円の串。牛の小腸を揚げてにんにく醤油に浸したもので、2025年4月24日に登場し、半年で1,000万本、1年で2,000万本を超えた。通常の串より小さく軽く作ってあり、片手に何本か握っても重くならない。無限という名が付いているが、食べ放題ではない。頼み続けてしまうという側の名だ。

8.この店の客単価は2,400円前後とされる。先月の既存店売上高は前年同月比105.6%、客数103.3%、客単価102.2%と三つとも伸びた。値を下げるのは商売が傾いたからではない。よく売れた月の翌月に手をつけたのが酒の値段である。

9.新しい価格表を開くと層がはっきりしている。サントリーの低価格ウイスキー・トリスで作る無限ハイボールが110円、チンチロリン対象のドリンクが319円、ソフトドリンクが396円、生ビールが605円。新設は110円のハイボール1種だけで、サワーと酎ハイは平日限定だった値を通常価格に移しただけだ。もっとも安い酒が、もっとも安いソフトドリンクの3分の1にも届かない表。
10.319円のドリンクには遊びがひとつ付く。サイコロを2個振り、ゾロ目なら無料、出目の合計が偶数なら半額、奇数なら倍量で倍額。1が2つ揃えばメガジョッキが無料で出てくる。串1本、あるいはドリンクを含む他のメニュー1品を頼むごとに1回振れるので、サイコロを振るには何かを頼み続けるしかない。

11.客ひとりが319円のサワーを2杯飲めば、酒の売上は638円。その2杯を110円のハイボールに替えると220円まで落ちる。1杯あたりの原価をウイスキー55円・サワー60円と置いて計算すると、店に残る額は518円から110円へ減る(推定)。抜けた400円あまりはどこで埋めるのか。55円の串の原価率を35%とみても、ひとりが11本を余分に取らないと埋まらない。とりあえず10本という言い方がこの店に付いて回る理由がここにある。
12.会社の数字に上がると勘定はさらに厳しくなる。2025年11月期は売上高210億9,100万円、営業利益11億8,500万円で営業利益率5.6%。ところが2026年11月期の会社予想は売上高361億4,000万円、営業利益10億円、利益率2.8%である。イタリアンチェーンのPISOLAを完全子会社に迎えて売上は71%増えるのに、利益は逆に減る絵。そこへ350余店の内装を直す費用が乗る。72席の店を約132平方メートルとみて、3.3平方メートルあたり40万円だけ見込んでも1店1,600万円、全店で56億円になる(推定)。10年で割っても年に5億円台であり、それは今期に稼ぐと会社が示した営業利益の半分にあたる。
13.客単価を差し出して客数を受け取る取引を、この会社は一度やっている。2018年6月に全店を禁煙へ切り替えたとき、初月の客数は前年比102.2%だったが客単価が95.0%まで落ち、売上は97.1%に下がった。半年で見れば客数5.8%増、客単価3.2%減、売上は2.4%増。酒を飲まない客が増えた結果であり、会社はそれを失敗と呼ばなかった。いまのメニューにはあのときより露骨な仕掛けが載る。19歳以下の客がソフトドリンクを頼むと店員とじゃんけんをし、勝てば1杯無料、あいこで半額、負けても定価。そこへ1杯110円のハイボールが加わると、飲む大人と飲まない家族が同じ表の上でそれぞれの理由を見つける。

14.店名の田中は創業者の姓ではない。副社長・田中洋江の父である故・田中勇吉が大阪市西成区で営んでいた串カツ店のソースの配合を受け継ぎ、そこから付いた名だ。創業者の貫啓二は1998年にバーを開いて商売に入り、いくつもの店を畳んだ末に2008年、そのソースで東京に足場を作った。労働者の街の安い肴を東京へ運んだのが始まりで、いま会社が掲げる目標は1,000店。

15.1年で2,000万本が出た55円の串を、会社は2025年12月31日で販売終了した。にんにく醤油が強いという判断から、より広い客層に向けた後継2種を翌年1月に載せ、いまの110円ハイボールもその後継の串と組み合うように置かれている。売れているものを自ら下ろし、好調な年に値を削る決定が続くが、その裏には串カツ一業態では1,000に届かないという計算がある。イタリアンのPISOLAを買い、カツサンドのブランドTANAKAを別に立て、持株会社の名から串カツを消したのも同じ線上の決定だ。看板になった業態を撒き餌に回し、金は他のブランドで稼ぐということ。
16.好調なブランドが酒の値を下げ、350店を10年かけて建て直すと決めた。1杯110円のハイボールで空く分を埋めるには、客ひとりが55円の串を11本余分に取らねばならない(推定)。国内で同じ撒き餌の値付けをやろうとすると、まず引っかかるのは酒の仕入れ経路だ。韓国では飲食店が免許を持つ酒類卸からしか酒を買えず、製造元と直接取引する道が閉じているため、大手チェーンでも仕入れ値を大きく下げる梃子がない。1杯110円は調理の腕ではなく、仕入れの構造から出てきた数字である。
