ベトナム・ホーチミンで1貫50円から始まった鮨ブランドが、日本1号店を大阪・北新地に出した。持ってきたのは立ち食いでも回転寿司でもない。全13品5,500円のコースひとつ。
1.9月21日、大阪・北新地のビル1階に鮨店「Sushi Tiger OSAKA」が開業した。西梅田駅から徒歩2分。カウンター10席に個室が2部屋付き、夜のメニューは全13品5,500円のコースだけだ。
2.のれんの虎はベトナムから来た。ブランドの始まりは2021年、ホーチミンの4坪の立ち食い鮨で、大阪が日本初の店舗となる。ベトナム側の創業者は日本人2人。1人は現地で飲食店を多数手がける実業家で、2025年からは鳥貴族のベトナム法人代表も務める。もう1人はホーチミンの和食店FUMEのオーナーシェフ、鶴原翔三氏。日本の店は、大阪を拠点に120店舗以上を運営するdoubleの子会社WHUが担う。両者をつないだのはラーメンだったという。doubleの取締役が食べログ百名店のラーメン「桐麺」を今年5月にベトナムへ出す際、鶴原氏と手を組んだ。
3.店内に入ると、木目のように模様が流れる石天板のカウンターが入口から奥の壁まで延びる。その前にオレンジ色の座面を張った木の椅子が一列に並び、調理台はカウンターのすぐ裏に付いているので、客席からまな板も火元もすべて見える。天井は木の板で低く覆った。プレスリリースの言葉を借りれば、職人技を目の前で体験できる大人の空間。

4.店が掲げるのは、江戸前の基本を守りつつ型にはまらない一貫、そしてすべてのネタに独自の味付けを施すという方針。プレスリリースの写真1枚にそのやり方が写っている。赤い漆塗りの台に置いたサーモンの握りに、黄色い柑橘をおろし金に当てて皮をすりおろす。皮を削る音が先に立ち、香りがその後を追い、魚の味はそれから来る。味付けを店が済ませて出すので、客が醤油皿に手を伸ばすことはほとんどない。

5.夜は18時と20時半、決まった2回の時刻に一斉にスタートする。10人が同時に席に着くので、握り手は同じ一貫を10回続けて握り、客10人はほぼ同じ瞬間にその一貫を受け取る。手のひらの温もりが残るシャリと冷たいネタが、どちらも温度を変える前に口に入る。それがカウンター鮨の基本で、2回制にまとめればその数秒を10人に一度に合わせられる。
6.出発点は2021年12月13日、ホーチミン1区のレタントン(Lê Thánh Tôn)通り。日本料理店や居酒屋が集まるこの通りの4坪の店で、カウンターとテーブル3卓、外の席まで合わせて30人ほどが立って食べた。現地の日本語生活情報サイト「ベトナムリアルガイド」は、1貫約50円から食べられる店として紹介している。現地価格は1貫1万〜3万ドン。


7.壁には手書きのメニュー札が2段に並んだ。甘海老20K、穴子15Kというように、日本語の品名の下に英語と価格を書き、Kは千ドン単位。ビールケースを積んでテーブルの台にした店で、客は立ったまま数貫つまんで帰っていった。日本の駅前でよく見かける立ち食い鮨を、ほぼそのまま移したような姿だ。


8.その後の3年で価格帯は上へ伸びた。2023年、ホーチミン・ビンタン(Bình Thạnh)のビル8階に8席の「Omakase Tiger」を開き、同じ年に外国人が多く住むタオディエン(Thảo Điền)にもおまかせの店を出した。2025年にはハノイのキンマー(Kim Mã)通りに回転寿司を開いて1皿1万〜3万5,000ドンで回し、今年はロール専門店とハノイ・西湖(West Lake)のおまかせが加わった。プレスリリースによれば、ベトナムのおまかせは約5,000円。


9.北新地は大阪で夜の支出がいちばん大きい街だ。クラブや料亭の間に鮨カウンターが並び、夜のコースが2万円を超える店も珍しくない。その路地に5,500円のコースが入ってきたわけだが、この価格はベトナムのおまかせの約5,000円とほぼ同じ。ホーチミンの価格表を北新地に持ち込んだ。それも、ほとんど手を加えないままで。

10.ベトナム発という話が、この店の創作鮨を説明している。日本の客は型を破った鮨をまず疑ってかかるものだが、海外の客を相手に5年近く磨いた一貫だと聞けば、型を破る理由が生まれる。プレスリリースの冒頭も、日本人3人がベトナムで育てて逆輸入したという話だ。のれんの虎は飾りであると同時に、5,500円の創作コースを納得させる説明書の役目も果たしている。
11.席の計算は単純だ。カウンター10席が2回とも埋まれば一晩20人、コース代だけで11万円。昼は11時半から14時半なので、1.5回転とみれば15人ほど。飲み物と昼を足した1日の推計は下の図に移した。
12.夜のコースを品数で割ると1品約423円。鮨店の食材原価率を業界でよく言われる40%前後とみれば、1品に使える食材費は170円ほどになる。大トロやウニを正価で出すのは難しい金額で、13品の多くは手頃な魚に仕込みと味付けで値を付ける必要がある。すべてのネタに独自の味付けをするという方針は、味の選択であると同時に原価表の選択でもある。原価率と品目構成は推計値。
13.開始時刻を2回に固定したのも同じ計算から来ている。10人が同じ順番で食べるので、握り手1人でカウンター全体を受け持てるし、魚は一晩20人分に合わせて前もって切り分けておける。余る食材が少なく、発注もしやすい。その代わり1人が遅れればその回全体が待つことになり、空席ひとつはそのまま5,500円の空白になる。
14.ベトナムでは4坪の立ち食いから始め、回転寿司とおまかせへと価格を上げていった。日本では、はしごのいちばん下ではなく真ん中の段から足をかけた。立ち食いや回転で入れば日本の大手チェーンと価格で競うことになり、北新地の2万円台のカウンターとぶつかれば名前で負ける。5,500円の10席は、その二つの勝負をどちらも避ける位置だ。では次の店は、はしごのどの段か。doubleは日本でも店舗を増やすとしているが、次が立ち食いかコースかはまだ明かしていない。
15.ホーチミン・レタントン通りの4坪の立ち食い鮨が、5年足らずで大阪・北新地にカウンター10席を開き、コース価格はベトナムのおまかせに近い5,500円に合わせた。韓国で13品のコースをその日入った魚に合わせて回そうとすると、まず原産地表示の手間が増える。マダイ・ヒラメ・マグロ・ブリといった鮨の主要食材は飲食店の原産地表示の対象で、コースが変わるたびにメニューの表示も一緒に直さなければならない。2回の開始時刻に合わせて魚を一度に切り分けておくやり方なら、その表示も1日1回直せば済む。
