メルボルン・サウスバンクの川沿い敷地が15年ぶりに動き出した。総事業費15億豪ドル、認可は67階。6年前に当時の所有者が指定に反対した歴史的パブは、取り壊されずにこの建物の正面玄関になる。
1.ビクトリア州の計画大臣が8月、メルボルン・サウスバンク(Southbank)のクイーンズブリッジ・ストリート(Queens Bridge Street)1-29に複合建築の許可を出した。敷地5,059㎡、認可階数67階、総事業費15億豪ドル。設計はCox ArchitectureとODO、事業主はPDG。ヤラ川(Yarra River)南岸、カジノ施設に隣接する場所である。
2.いま建っているのは2階建て以下の空き店舗4棟とパブ1棟。1926年に建てられたそのパブが、この事業の正面玄関になる。川を抱いた都心の一等地でありながら、15年以上なにも建たなかった土地でもある。
3.タワーには縦方向に6本のひだが入る。川の流れに由来するというのが設計側の説明だが、目に見える効果は別のところにある。幅の広い一枚の板として立つはずのボリュームを細い6面に割ったので、川の対岸からは一塊ではなく束として見える。
日が落ちてからひだの間で光が割れる。川沿いの遊歩道が低層部にそのまま接する。©PDG
4.低層部は10層を積む。ここに518台分の駐車場と住民共用施設が入り、ラウンジ・コワーキング・図書室・屋内プール・ジムが階を分けて収まる。クイーンズブリッジ・ストリートからフレッシュウォーター・プレイス(Freshwater Place)へ抜ける527㎡の路地を新たに通し、飲食を並べた。図面でいちばん目を引くところ。
5.パブは白い壁。壁面に縦の溝を彫って柱のように立て、角の上部に名前を刻んである。1階の庇は歩道の幅いっぱいに出て、その下にテーブルが並ぶ。屋上の手すりに沿ってプランターを列に置き、2層上のガラスの低層部との間合いを取った。この帯がなければ、古い建物が新しい建物の台座に見えてしまう。
正面玄関になるパブ角の上部に刻まれた文字がもとの名前。右へ続くのが新築の低層部。©PDG
いまのその通り敷地が面するクイーンズブリッジ・ストリート。路面をトラムとバスが共有する。©Ymblanter · CC BY-SA 4.0
6.土地が動いたのは2024年12月。事業主がBlackstoneから8,500万豪ドルで購入し、1㎡あたり16,801豪ドルになる。韓国ウォン換算では1坪あたり約5,200万ウォン(1豪ドル940ウォン基準)。Blackstoneは2022年にカジノ運営会社を89億豪ドルで丸ごと買収した際、この土地も一緒に手にしていた。
敷地の位置川の南側がサウスバンク。右の高層群がカジノ施設で、敷地はその西隣。©Nick-D · CC BY-SA 4.0
7.8,500万は総事業費15億の5.7%にあたる。住戸で割ると1戸あたりの土地代は14万豪ドル、韓国ウォンで1億3,600万ウォンほど。川沿いの一等地でこの数字が出る理由はひとつしかない。67階まで積んで地代を分け合うからである。
図の読み方棒の長さが金額。黒い棒が総事業費、淡い棒が土地代。
8.入るのは住宅だけではない。3月の縦覧にかかった申請案では、71階に住戸637戸、ホテル181室、オフィス2,762㎡、店舗1,741㎡。住戸は1ベッドルームが192戸、2ベッドルームが302戸で大半を占め、4ベッドルームは14戸、ペントハウスが5戸。8月の認可後に出た発表は67階と588戸を伝える。
高さが買うもの川と駅のホーム、都心が一画面に入る。この眺めが分譲価格のかなりの部分。©PDG
9.この事業には金額が二つ出回っている。3月の申請案に付いた額は4億5,000万豪ドル、8月の発表は15億。前者は建てるのにかかる金、後者は建てて売り切ったときに出てくる値という読み方が業界の通例だという。差の10億5,000万が土地代と金融費用、そして事業主の取り分になる。
10.低層部に入る飲食がこの事業で担うのは賃料収入ではない。路地527㎡とパブの内外の席は合わせても店舗1,741㎡の内側で、この床面積が15億の事業収支を動かせるはずもない。低層部が支えるのは住戸588戸の分譲価格のほう。遊歩道から歩いて入れる1階があるかないかで、同じ階の同じ向きの住戸の値段が分かれる。
玄関前の停留所敷地が面する路面で、バスとトラムが同じ停留所を使う。©Philip Mallis · CC BY-SA 2.0
11.歴史的指定が開発を妨げるという主張は、この敷地で6年前に実際に出ている。2020年9月の計画審議パネルにカジノ運営会社側の専門家が立ち、このパブに歴史的オーバーレイをかければ正当な開発機会が損なわれ、地域が得る便益も減ると述べた。パネルの判断は逆。法の目的と歴史保全政策がもたらす公共の便益が、個別の事情より大きいというもの。
橋の南側の広場事業の公共貢献として、この広場が組み直される。©Dietmar Rabich · CC BY-SA 4.0
12.6年を経て出た答えがいまの案。パブを壊す代わりに、その中を通して人を入れ、背後に大きなアトリウムを置き、屋上にバーを載せて遊歩道を見下ろさせた。守れとかけられた規制が動線の出発点になっている。審議で実際に争われるのは頂部ではなく、人が歩く高さである。
隣の施設敷地の東に接するカジノ施設。この施設の所有権が変わったことで土地が市場に出た。©Donaldytong · CC BY-SA 3.0
13.この土地には一度、オーストラリアで最も高い建物が立ちかけた。2017年2月に承認された計画は高さ323m・90階、ホテル388室と住戸708戸、公共貢献1億豪ドル。設計は国際コンペで選ばれ、カジノ運営会社が建設会社と組んだ。その許可は2019年にそのまま失効する。
図の読み方棒の長さが各項目の規模。同じ項目どうしを上下に並べてある。
14.歴史的建造物と呼ばれるその建物の中身は、実のところ空っぽ。1880年代にフォールズブリッジ・ホテル(Falls Bridge Hotel)として開業し、1926年に17,000ポンドをかけて建て直された。1990年代にナイトクラブへ変わる際、1,200万豪ドルの改修で内部がそっくり取り払われている。オーバーレイが守るのは、だから外皮だけ。2020年に開発を妨げると名指しされたその外皮が、今度は正面玄関の看板として使われる。
川一本を挟んで左が都心、右がサウスバンク。この川沿いが事業の値をつくる。©Jorge Láscar · CC BY 2.0
15.15年空いていた川沿いの5,059㎡が8,500万豪ドルで売られ、15億の計画として許可を得て、4月に解体と先行工事が始まった。その間に変わったのは階数でも戸数でもなく、1926年の建物への向き合い方である。同じことを韓国でやると、ここで引っかかる。登録文化財や条例指定の建物を抱えたまま進める計画は審議の回数が増え、その分だけ金融費用が積み上がるのに、増える月数をあらかじめ事業収支に入れておく事業主は少ない。外皮を残す代価は、工事費より先に時間として出てくる。